今回の主人公は、幼稚園を数週間前に卒園したばかりの子どもたち。
園児と児童のちょうど真ん中にいる彼らは、1年生になるのを楽しみにしているけれど、すこし緊張もしている。
そんな春のある朝、彼らの姿は沼津駅南口のバスターミナルにあった。
新1年生の男子2人と、それぞれの弟が2人。同行する母たちには頼らず「自分たちでやってみる」というのが、今日の約束。
「このバスであってるよね?」「うん」
行き先の表示を確認してバスに乗り込む。
一番後ろの席に横並びに座る彼らの手には、切符と小銭。
後から乗り込んできたおばあさんが、笑顔で「こんにちは。」と声をかけてくれる。
沼津の人は、優しい。
バスは沼津駅を定刻の10時に出発。
あげつち商店街を抜け狩野川を渡り、市役所前を通過。
大きく右折して八間通りを南に進む。
行ったことのある場所が見えるたび、彼らは顔を寄せ合いひそひそ声で話していた。
普段より高い位置から見る沼津の街はどこか新鮮に映ったのかもしれない。
20分ほどして多比(たび)停留所に到着。
運転手さんにお礼を述べてバスを降りた。
多比は、沼津アルプスの登山口のひとつ。
ここから山に入るハイカーのため、誰でも使える簡易トイレが設置されていている。
アスファルトで整備された道を、男子たちは一気に駆け上がる。
程なくして住宅街が途切れ、本格的な山道に入った。
何かを見つけては立ち止まり、少し進んでまたしゃがみこむ。
春の山道には、誘惑が多い。
フキ、山桜、シイタケの原木、小川、アリの行列、白いたんぽぽ、モクレンの花。
鳥の声を聴き、草の匂いをかぐ。五感がフルに動く。好奇心は止まらない。
急斜面を登ると、柑橘を生産する森幸農園の柑橘畑があった。
森幸農園は四代続く農園。
作業をしていた農園主の山口さんに畑に入れて頂いた。
「ミカンの葉っぱがつやつやだね」
「ミカンの花は何色?」
「向こうに海が見えるよ!」
人生初のやまびこを体験して、遠くに見える海を眺める。
ひとしきり農園の中を探検した後、みかん畑の平らな芝の上にピクニックシートを広げピクニックランチをさせて頂いた。
この日のランチメニューは、
地元で採れた新鮮野菜と内浦のうずわみそ、鯖の缶詰・オイルサバディン、街のパン屋のパン。
そして、登山道の無人販売所で購入したばかりのこの畑で採れた無添加のみかんとレモンから出来たジャム。
自分たちの住んでいる地域で採れたものを、深呼吸するように、いただく。
その場所の豊かさを認識することは、そこに生きる自分自身を大切に思うことにも繋がる。
最後に山口さんが
「今度は違う季節の山を見においで」と言ってくれた。
「ありがとうございました!また来るね。」
そう言って、彼らは山を降り多比をあとにした。
街に戻ったのは15時。彼らの日常の冒険は続く。
ワクワクのもとは案外近くにあるのかもしれない。