ドアを開けると、そこには大きな窓一面に広がる駿河湾と伊豆の山々が見渡せる。
ここは、海のそばで暮らしたいと願い、横浜から引っ越しをし2010年に見事物件を見つけた大田美希さんのご自宅。
駿河湾に愛着を持っている大田さんに、様々な想いを伺った。
山形県蔵王出身の大田さんは、ご主人と、三人のお子さんと一緒にここで暮らしている。
「なんと言っても、海があって山もあるし、大好きなみかんもある。家族全員、みかんが大好きで。」少女のような屈託のない笑顔で大田さんは話す。
そうこうしているうちに、どこからともなく大音量で「おさかな天国」が流れてきた。移動式の魚屋さんだそうだ。
「よく来るんですよ。おばちゃん達が集まってきて。お刺身も、欲しい分だけ切ってくれるし。」
大田さんは、沼津の中心市街地の大手町でエステサロンを経営している。仕事場からご自宅までは車で約15分。
普段は街の商店街で買い物を済ませることも多く、海の近くの生活に不便さを感じず、働く場と住む場のほどよい距離感は、仕事と子育ての気持ちの切り替えが自然にできるそうだ。
ご主人とは東京で知り合い、横浜で子育てを行っていた。沼津に引っ越すきっかけはご主人の家具作家としての独立。この物件に住むまでは、ご主人の沼津の実家に一年間住みつつ、暇があれば物件探しの時間に当てていた。車で好きなエリアに物件探し、不動産屋巡り、物件探しに期限は決めず、「チャンスがあれば」という感じだった。
現在の家を見つけたとき、「来たときに、『いいね!』とインスピレーションが湧いた。」
元は養殖漁業協同組合の建物だった。廃虚のような所だったが、魅力を感じた大田さん。交渉時にはまさに取り壊しにするため不動産屋が近所に挨拶に廻っていたらしく、その名刺を近所から貰い、すぐに連絡を入れて、取り壊しを止めてもらった。
新しい住処を作るべく、大田さんは自ら進んでリノベーションに従事。壁のペンキ塗りや床の舗装は自分達で作業をした。3階は床の間だったが、全面床にして、2階と同じように仕切りをなくして海が一望できるようにした。
漁師町という昔から住む人が多いこの地域で、大田さんが暮らしやすかったのは、小さい子どもがいた部分。
子どもたちは、近所の子どもと一緒に自宅前の海で釣りをしたり、裏の山や神社で遊びながら、自然とこの地域に溶け込んでいった。
大田さん自身も両隣のお宅にたくさん質問をして、町内会にも馴染んでいけたという。
「『若い人たちが少ないから、無理しないで』と近所の方たちから優しく声をかけてくれて地域の皆さんにも感謝しています。」そう言って、大田さんから素敵な笑みがこぼれた。