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2017年4月7日更新

名誉市民(詳細)

1960(昭和35)年5月称号贈呈

岡野喜太郎さん
(おかのきたろう)

 1864(元治元)年4月、駿東郡青野村(現沼津市青野)に誕生。1879(明治12)年県立沼津中学校(集成舎から独立)に入学。1884(明治17)年9月の暴風による大飢饉を救うため1885(明治18)年秋韮山師範学校を退学し、郷里の立て直しに着手し、1887(明治20)年共同社貯蓄組合を創立して、業績をあげる。1895(明治28)年貯蓄銀行を創立し頭取となり、1912(明治45)年駿河銀行と改称する。
 常に堅実経営に徹し、業績をあげていった。現在富士市は、製紙のまちとして有名だが、これも1938(昭和13)年、岡野氏が大昭和製紙取締役になったことを抜きにしては語れない。その他、様々な会社を創立し、業績をあげている。
 教育にも熱心で、1942(昭和17)年には出生地の愛鷹小学校に田畑を寄付する。1950(昭和25)年には愛鷹村に教育基金として金20万円を寄付し、1962(昭和37)年駿河銀行会長として沼津市に金4,000万円を寄贈、駿河図書館を建設する等、教育に寄与すること多大であった。さらに1963(昭和38)年、財団法人駿河奨学会を設立し、経済上の理由で学業に専念できないものに、学資の一部を給与している。
 以上のように、産業界、教育界への貢献に対して、沼津市は1960(昭和35)年、市最初の「名誉市民」の称号を、また全国地方銀行協会は「長老」の称号を捧げた。1964(昭和39)年、勲三等瑞宝章を授与され、1965(昭和40)年、死去に際し従四位に叙せられ、天皇陛下より祭粢料を賜った。

1980(昭和55)年4月称号贈呈

芹沢光治良さん
(せりざわこうじろう)

 1896(明治29)年5月、駿東郡楊原村(現沼津市)我入道に生まれる。1910(明治43)年3月、楊原村小学校を卒業、1915(大正4)年県立沼津中学校(現沼津東高校)を卒業後、沼津町立男子小学校の代用教員となる。1919(大正8)年3月第一高等学校仏法科を卒業し、同年4月東京帝国大学(現東京大学)経済学部に入学、1921(大正11)年大学卒業後、農商務省に勤務する。1925(大正14)年5月に農商務省を辞任し、夫妻で渡仏、ソルボンヌ大学に入学する。
 1929(昭和4)年帰国し、翌年、滞在中の体験をもとに書いた改造社懸賞応募作品「ブルジョワ」が一等当選する。また作品「我入道」を改造に発表する。その後、中央大学講師、文芸家協会理事、国語審議会委員、日本ペンクラブ副会長、同会長、ユネスコ国内委員など歴任する。その間、1956(昭和31)年に「巴里に死す」がベルギーの読者クラブ賞次席となり、1957(昭和32)年、フランス・アカデミーより友好大賞、1959(昭和34)年、フランス詩人連盟よりフランス友好国大賞、1974(昭和49)年、フランス政府から文化勲章コマンドールを贈られる。
 国内では、1968(昭和43)年、多年にわたりユネスコ運動につくした功績により勲三等瑞宝章を授与され、大河小説「人間の運命」に対して芸術院賞を受ける。
 沼津市に関することでは、1963(昭和38)年及び1982(昭和57)年、沼津我入道海岸に文学碑が建立され、1970(昭和45)年、我入道公園内に芹沢文学館が建設される(財団法人芹沢・井上文学館設立)。そして1980(昭和55)年、名誉市民に推される。1993(平成5)年3月23日永眠。

1983(昭和58)年7月称号贈呈

井上靖さん
(いのうえやすし)

 1907(明治40)年5月、北海道旭川に生まれる。幼時を父の郷里、天城湯ヶ島で過ごす。1926(大正15)年3月、県立沼津中学校(現沼津東高校)を卒業後、金沢の第四高等学校卒業、九州帝国大学(現九州大学)法文学部英文学科を中退し、1936(昭和11)年3月、京都帝国大学(現京都大学)文学部哲学科を卒業、同年8月毎日新聞大阪本社へ入社。1937(昭和12)年9月には日中戦争で応召したが、翌年脚気のため除隊した。
 1949(昭和24)年、「闘牛」で文壇に登場し、1964(昭和39)年、芸術院会員に推され、1976(昭和51)年、文化勲章を受章。1981(昭和56)年には日本ペンクラブ会長となる。主な受賞作として、1950(昭和25)年、「闘牛」で芥川賞、1958(昭和33)年、「天平の甍」で芸術選奨文部大臣賞、1959(昭和34)年、「氷壁」その他により芸術院賞、1960(昭和35)年、「敦煌」「楼蘭」で毎日芸術大賞、1961(昭和36)年、「淀どのの日記」で野間文芸賞、1969(昭和44)年、「おろしや国酔夢譚」で新潮社日本文学大賞、1980(昭和55)年、「井上靖とNHKシルクロード取材班」で菊地寛賞などがある。
 沼津市とのかかわりあいについては、沼津中学4年生の時から下河原の妙覚寺など沼津に寄宿して通学。1963(昭和38)年、千本浜公園内に井上靖文学碑が建てられる。1964(昭和39)年には、沼津中学時代の自伝小説「夏草冬濤」を出版した。1983(昭和58)年3月に名誉市民に推される。業績を記念し沼津東高校と沼津市民文化センターに、芹沢光治良・井上靖両氏の文学碑が建てられた。1991(平成3)年1月29日永眠。

1991(平成3)年2月称号贈呈

長倉三郎さん
(ながくらさぶろう)

 1920(大正9)年、駿東郡鷹根村(現沼津市)柳沢で生まれる。1938(昭和13)年3月、県立沼津中学校(現沼津東高校)を卒業。1941(昭和16)年、旧制静岡高等学校(現静岡大学)、1943(昭和18)年東京帝国大学(現東京大学)理学部化学科を卒業し、1959(昭和34)年には東京大学教授、1981(昭和56)年には東京大学名誉教授となる。
 その間、1966(昭和41)年に、「分子の電子構造及び分子間相互作用に関する研究」で日本化学会賞を、1971(昭和46)年、「分子化合物の電子論的研究」で朝日賞を、1978(昭和53)年、「短寿命励起分子及び反応中間体の電子構造と反応性の研究」で日本学士院賞をそれぞれ受賞する。また、1985(昭和60)年、文化功労章を、1990(平成2)年には文化勲章を受章する。
 その他、国際量子分子科学アカデミー会員、岡崎国立共同研究機構分子科学研究所長、IUPAC会長、ドイツ民主共和国科学アカデミー会員、社団法人日本化学会会長、日本学士院会員、岡崎国立共同研究機構長、文部省学術審議会委員、文部省大学審議会委員、総合研究大学院大学長、中国(台北)化学会名誉会員、インド科学アカデミー会員、英国王立科学研究所名誉会員、スウェーデン王立科学アカデミー会員などを歴任する。
 沼津市にかかわることでは、平成元年、母校である愛鷹小学校の校庭に、ニュートンが「万有引力の法則」を発見するきっかけとなった「りんごの木」の子孫を、東京大学の植物園から長倉先生の仲介で接ぎ木をする。1990(平成2)年12月、名誉市民に推される。
 平成13年10月に、日本学士院院長に就任、平成14年3月現在、財団法人神奈川科学技術アカデミー理事長を務めている。

※平成14年、広報ぬまづの新春対談において、斎藤衛沼津市長と、沼津の教育、また沼津の発展においてこれから求められるものなどについて大いに語っていただきました。

2004(平成16)年1月称号贈呈

大岡信さん
(おおおかまこと)

 1931(昭和6)年2月、田方郡三島町(現三島市)で生まれる。1947(昭和22)年3月、静岡県立沼津中学校(現沼津東高等学校)4年を修了。1950(昭和25)年3月、第一高等学校、1953(昭和28)年3月、東京大学文学部国文科を卒業し、同年に読売新聞社に入社し、外報部に勤務する。同社在籍中の1956(昭和31)年7月、第一詩集「記憶と現在」を発刊。同社退社後、明治大学助教授、明治大学教授、東京芸術大学教授等を経て現在に至る。
 その間、1969(昭和44)年6月、「蕩児の家系−日本現代詩の歩み」で、第7回歴程賞、1972(昭和47)年3月、「紀貫之」で、第23回読売文学賞、1979(昭和54)年11月、「春 少女に」で、第7回無限賞、1980(昭和55)年11月、前年から朝日新聞に連載を開始した「折々のうた」で第28回菊池寛賞、1989(平成元)年9月、「故郷の水へのメッセージ」で、第7回現代詩花椿賞、1990(平成2)年3月、「詩人・菅原道真」で、第40回芸術選奨文部大臣賞、1993(平成5)年5月、「地上楽園の午後」で、第8回詩歌文学館賞(現代詩部門)を受賞する。
 そのほか、1989(平成元)年7月、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章、1993(平成5)年12月、フランス芸術文化勲章オフィシエ章を受章、1993(平成5)3月、第9回東京都文化賞、1995(平成7)年3月、第51回日本芸術院賞・恩賜賞、1996(平成8)年8月、マケドニア ストルーガ詩祭 金冠賞、1997(平成9)年1月、朝日賞、2002(平成14)年10月、国際交流基金賞を受賞、1974(昭和49)年5月から財団法人日本文芸家協会理事、1979(昭和54)年8月から1981(昭和56)年8月まで日本現代詩人会会長、1989(平成元)年4月から1993(平成5)年4月まで日本ペンクラブ第11代会長等を歴任する。
 1997(平成9)年11月には、文化功労者、2003(平成15)年11月には、文化勲章を受章する。
 沼津市にかかわることでは、過去に、旧制沼津中学出身者である芹沢光治良氏、井上靖氏が務めた日本ペンクラブの第11代会長となり、沼津東高等学校には、記念碑が建立されている。同校には、芹沢氏、井上氏、長倉三郎氏の記念碑も建てられている。
 このほか、1992(平成4)年4月から1994(平成6)年3月までは、燦々ぬまづ大使、1995(平成7)年6月から2001(平成13)年6月までは、山口源大賞選考委員、同委員長(1997(平成9)年及び2001(平成13年))を務めるほか、1996(平成8)年11月の芹沢光治良生誕百年記念講演会ほか多くの講演会の講師として沼津市を訪れ、1997(平成9)年7月1日には、沼津市特別表彰を受賞し、2003(平成15)年11月に名誉市民に推される。2017(平成29)年4月5日永眠。

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